算数科における基礎・基本について

1 はじめに

 本稿では,算数科の基礎・基本について述べるのであるが,その論述の中で,指導要領解説書を読み込んで気づいたことを,是非お話ししたいので,お許しいただきたい。そのこととは,新指導要領が日本の国際社会における現状を踏まえて,並々ならぬ決意をもって作成された背水の陣のような指導要領であるということである。では,ゆっくりとお読みいただきたい。

 

2 算数科における基礎・基本とは

 小学校学習指導要領解説・算数編(以下解説書とする)P8には,『算数科における基礎・基本とは,児童の生活や学習での様々な活動の基になるものである。』と,説明されている。
 そして,例として「日常生活での活動の基になるもの」,「学校でのいろいろな学習の基になるもの」,「算数を続けて学習していく基になるもの」,将来の社会生活や生涯にわたっての活動の基になるもの」があげられている。
 これだけを読めば,基礎・基本とは,記憶による知識や形式的な処理をする技能のようにもとれる。
 しかし,P5では,『算数科における基礎的・基本的な知識と技能は,第一にそれらが日常生活などに必要になるという意味において重要である。
 第二には,算数の新しい考え方を生み出したり,問題解決などの方法をつくったりするために必要であり,そうした意味において重要である。』と,説明している。

 この第二の意味は,関心態度・考え方・理解に関するものであり,教育課程審議会答申にも示されており,解説書(P2)にも述べられている創造性の基礎にあたるところでもある。
 算数科における基礎・基本の意味が第一と第二の意味であるならば,4観点全部になるではないかと,考えられる方もあるだろう。
 しかし,実はその通りなのである。P15の(2)において,『算数科の内容は基礎的・基本的なものに厳選されている。』と,述べてある。
 つまり,

算数科における基礎・基本とは,その全内容である。

ということであり,内容が削減されたので,全部残らず確実に定着させて下さいよと,いうことでもある。
 このことの意味は,厳しくかつ大きい。主に削減されたのは,理解の比較的容易な「図形」や「量と測定」の領域であり,理解が困難な「数と計算」の領域はほとんど削減されていない。
 しかも,今後実施が検討されている学力テストでは,第二の意味,つまり,問題解決の核となる,多面的にものを見る力や論理的に考える力などの創造性の基礎に関する能力を主にみると,いうことである。これは,並大抵のことではない。

 例えば,分数のかけ算は,数学が積abで定義されるのに対して,算数では,単位となる分数のいくつ分(いくつに分けた何個分)というように意味によって計算の仕方を考えていく。最難関といわれる分数のわり算では,さらに厳しい。

 分数のわり算では,6(こ)÷2(こ)(包含除)と,6(こ)÷2(等分除)から発展した「1当たり量を求める」場合に分け,それぞれの意味にあった計算の仕方を考えていく。これは,大変難しい。現状では,どちらかの意味で説明して済ませている。これが,何十年もの日本の教科書の現状であり,教育の現状である。国民の何割の人が,義務教育で行われている分数のわり算の計算の仕方を,算数の中で正しく説明できるだろうか。今までは,内容が多いからという理由で逃れられていた。しかし,これからはそうはいかない。a/b÷c/d=a/b×d/cとなる計算の技能をみるテストではなくて,そうなることの説明をする力をみるテストを実施するとしたら,今までの授業で乗りきれるだろうか。評価の現状は,教師が児童の実態を考慮して選定した市販のテストプリントが主に用いられており,知識・技能の割合が7〜8割であることを勘案すれば,なおさらである。

 では,何故このような厳しい改革に着手したのであろうか。それは,先に触れた,「創造性の基礎」について読み込んでいくと,分かってくる。

3 創造性の基礎について(基礎・基本の第二の意味)

(1) 指導要領における位置づけ      

 「創造性の基礎」については,解説書(P2)にも述べてあるように,平成10年7月に出された教育課程審議会答申の算数・数学科の改善の基本方針の中に,その文言がみられる。
 しかし,この文言は,小・中学校いずれの指導要領にも,見当たらない。
 この文言が登場するのは,高等学校指導要領(P55)において初めてである。
 すなわち,

 数学における基本的な概念や原理・原則の理解を深め,事象を数学的に
考察し処理する能力を高め,数学的活動を通して創造性の基礎を培うとと
もに,数学的な見方や考え方のよさを認識し,それらを積極的に活用する
態度を育てる。

 算数・数学科は系統的な教科であり,前学年までに習得した「関心・意欲」「数学的な考え方」,「表現・処理の能力」,「知識・理解」を基礎・基本として,該当学年の学習をするのであるから,高等学校指導要領で示された目標は,中学校→小学校へと発達段階を考慮しながらも設定されていると解釈しなければならない。

 しかも,高等学校指導要領の数学以外の科目(物理,化学,地学等)には,この文言は登場しない。
 創造性の基礎は,全ての教科で育成されるべきものであるが,算数・数学科の授業の中で培うことが特に求められているのである。
 以上のように,指導要領における位置づけを述べてきたのであるが,ここで,その意味を明らかにしておきたい。

(2) 創造性の基礎の意味

 算数・数学科における創造性の基礎の意味については,平成11年7月30日(金)〜8月1日(日)に全国算数・数学教育研究大会講習会(高等学校部会)で,文部省初等中等教育局 教科調査官 吉田明史氏が,説明されたので,これを紹介しておく。

 氏は,講習会テキスト(P53)で,『「創造性の基礎」とは,多面的にものを見る力や論理的に考える力のほかに,知的好奇心・探究心,表現力,想像力,直観力,豊かな感性などが考えられる。』と,説明している。

 そして,平成11年12月に出された,高等学校指導要領解説・数学編(P5)においては,「創造性の基礎」について,さらに,「学習に興味・関心をもち,数学的に処理する力」と,「数学的な表現・処理の美しさや数学的な見方や考え方のよさを認識する豊かな感性」をあげている。

 では,改善の基本方針に,創造性の基礎(基礎・基本の第二の意味)が入ったのは,何故であろうか。
 次には,このことを考えてみたい。これは,厳しい改革に着手した理由も考えることになる。

(3) 「創造性の基礎」導入の意義

 解説書(P1改訂の経緯)には,『21世紀に向けて,我が国の社会は,国際化,情報化,科学技術の発展,環境問題への関心の高まり,高齢化,少子化等の様々な面で大きく変化しており』と,我が国の社会の直面している諸問題を列挙している。
 これらの諸問題は,我が国にとって新たな問題であり,単に既習の知識・技能を適用するだけでは解決できない。
 新たな諸問題に対応するためには,基礎的・基本的な知識技能の確実な定着を図った上で,是非とも,創造性の基礎(基礎・基本の第二の意味:算数の新しい考え方を生み出したり,問題解決などの方法をつくったりする)を培うことを重視する教育への転換を図らなければならない。
 もし,この度の教育改革に失敗し,知識・技能の能力は低下し,創造性を核とした問題解決能力も育たないままであれば,先に挙げた諸問題は解決されず,我が国は多くの困難に直面することは必至である。
 物質資源に乏しい我が国にとって,人の質こそ全てである。教育は,まさに,人づくり・国づくりなのである。

 ここまで,基礎・基本の意味や意義について述べてきたが,どのようにすれば,確実な定着が図れるのか,この改革の目的に合った指導・支援の仕方はどうあればよいのか,といった疑問が残っている。
 教師としては最も関心の高い事柄でもあるので,次には,このことについて述べてみたい。 

4 基礎・基本の確実な定着にむけて

(1) 第一の意味(日常生活などに必要)の基礎・基本の定着

 解説書(P16)に説明してあるように,理解の伴った知識・技能の定着を図ることが,肝要である。好ましくない指導が例示されているので,次に列挙しておく。

 ・ 意味理解のないままの公式の暗記指導

 ・ 計算の習熟のみに力を入れる指導

 ・ 計算の意味や用いられる場面理解のないままの指導

(2) 第二の意味(創造性の基礎)の基礎・基本の定着

 創造性の基礎については,算数・数学科の改善の方針(解説書P2)の核であり,少なく覚えてよく考えるという改善の方向を端的に示すものであり,基礎・基本の中の「基」ともいえる。

 しかし,『「創造性の基礎」とは,多面的にものを見る力や論理的に考える力のほかに,知的好奇心・探究心,表現力,想像力,直観力,豊かな感性などが考えられる。』と,説明されているものの,学び方は,数学的な考え方を中心に進められる。
 これについては,難解ではあるが,具体例を交えてお話ししたいと思う。
 時間が許せばお読みいただきたい。

 まずは,数学的な考え方の説明から,これについては,意味を広く解釈し,内容まで入れる立場と,思考の進行に限定して解釈する立場があり,ここでは,後者の立場をとって,簡単に説明する。

 @ 数学的な考え方とは

   大きく3つに分ける。

  ア,思考の対象のとらえ方(理想化,記号化,抽象化・・)

  イ,思考の進め方(類推,演繹,帰納)

  ウ,思考の処理の仕方(適用,発展,一般化,統合・・)

と ら え 方

理想化
記号化
抽象化
    


類推,演繹,帰納
処 理 の 仕 方

適用
(拡張)発展
簡潔化,一般化
統合

2×3,20×3,0.2×3→2/5×3のときに働くのは帰納・統合・ 一般いずれなのかという議論がある。
 大変難解だが,数学的な考え方を先の3つに分けてとらえれば,分かり易くなる。
 すなわち,2×3,20×3,0.2×3から帰納することによって,「単位が1,10,0.1と変わっても2×3と考えればよい。」と,統合し,一般化が図られる。2/5×3では,この考え方が分数でも用いられるのではないかと類推することによって,計算の範囲が(拡張)発展できる。
 つまり,「進め方」によって「処理の仕方」ができると,考えればよいのである。

 A 創造性の基礎の定着を図る指導・支援の在り方

  ア,簡潔な場合から類推して考える。

 例えば,□×3.5=8.75の□を求める場合,どちらの数をどちらの数で割るのか分からなくなってしまう児童をよく見かける。
 このような場合,2×3=6から2=6÷3となり,そこから□=8.75÷3.5を導き出すのである。
 わり算なら,6÷2=3で,おおよそ解ける。
 つまり,全ての乗除の基礎・基本が整数の乗除にあるといえる。

  イ,新しい意味で,定義し直す。

 これは,算数・数学がダイナミックに発展する場合であり,多面的にものを見る力や論理的に考える力のほかに,知的好奇心・探究心,表現力,想像力,直観力,豊かな感性などが育て易い場合でもある。

 例えば,第5学年,小数のわり算「0.2mが60円のリボンの1mのねだんは,いくらか」の問題で,今までの6(円)÷2(等分除)の意味では計算できないので,「1に当たる大きさ」を□として,□×0.2=60,逆算して□=60÷0.2とする。つまり,等分除は,「1に当たる大きさ(基準にする大きさ)を求める計算」と定義し直すことで,今までの定義に矛盾することなく発展することができた。

 この手法は,中学校以降の学習でも度々用いられる。
 例えば,中学校では,数直線上で,正負の方向性を考えることで,負の数にまで数の範囲を広げる。
 高等学校では,連立一次方程式を行列で定義し直すことで,後のn次元への発展が可能になる。
 大学では,数学の1分野に「位相空間論」というのがあるが,数直線上の開区間(a〈x〈b)を開集合と定義し直す。
 このことにより,n次元空間への発展が可能になる。

 大学での勉学を振り返ってみるに,教科教育法の分野で,大学での数学の学習内容と,小・中・高の学習内容とを関連づける勉学がもっと必要だったと思う。
 大学の数学で用いられた手法が小学校で用いられていることを,大学在学中に理解していたならば,その感動と教育への情熱は,さらに高まっていたと,思われる。 

  ウ,多面的にものを見る力をつける。

 多面的に問題解決を図る姿勢は,とても重要である。
 これ無くして,創造への情熱も能力も育ちようがない。
 以下,各学年での事例を述べる。

   ◎ 第1学年

 一つの数をほかの数の和や差としてみる。
 例えば,7は6と1,5と2,4と3・・,8は10引く2,9引く1。
 これらが,多面的にできればできるほど,繰り上がり・繰り下がりの計算の基礎がためができたといえる。

   ◎ 第2学年

 一つの数をほかの数の積としてみる。
 例えば,24は,3×8,8×3,4×6,6×4になる。
 これらが,24の他の数についても多面的にできるようになれば,わり算(3年)は容易になる。 

   ◎ 第3学年

 2位数に1位数をかけるかけ算では,2位数をほかの数の和としてみることが多面的にできれば,位ごとに分けてかけることのよさが理解できる。
 例えば,25×3=(9+9+7)×3=27+27+21=75,25×3=(20+5)×3=60+15=75

   ◎ 第4学年

 L字型の場所の面積を求める際は,「分ける」「引く」「動かす」など多面的に求積できるようにする。
 これは,色板並べなどの活動が十分できていることが前提として必要であり,4年の学習が5年の面積の学習を容易に柔軟にする。

   ◎ 第5学年

 小数のわり算60(円)÷0.2〔基準にする大きさを求める〕では,単位となる大きさにあたる量を先に求める方法60÷2×10と,整数化して形式的に処理する方法(60×10)÷(0.2×10)=600÷2とがある。
 60(m)÷0.2(m)(包含除)では,単位を省いて個数だけの計算にする方法(0.1×600)÷(0.1×2)=600÷2と,形式的に処理する方法(60×10)÷(0.2×10)=600÷2とがある。
 このように,多面的に計算できるようにする。

   ◎ 第6学年

 分数のわり算4/5(m)÷2/3〔基準にする大きさを求める〕では,単位となる大きさにあたる量を先に求める方法4/5÷2×3=4/(5×2)×3=(4×3)/(5×2)と,整数倍して形式的に処理する方法((4/5)×15)÷((2/3)×15)=(4×3)÷(2×5)=(4×3)/(5×2)とがある。4/5(m)÷2/3(m)(包含除)では,単位を省いて個数だけの計算にする方法((4×3)/(5×3))÷((2×5)/(3×5))=(4×3)/(2×5)=(4×3)/(5×2)と,整数倍して形式的に処理する方法((4/5)×15)÷((2/3)×15)=(4×3)÷(2×5)=(4×3)/(5×2)とがある。このように,多面的に計算できるようにする。

  エ,問題解決の手法を身につける。

 ア〜ウの創造性の基礎の定着を図るためには,次のような問題解決の手法を身につける必要がある。

   A,関連ある既習事項を想起する。

 このことが,身についていれば,「ア,簡潔な場合から類推して考える。」も,「ウ,多面的にものを見る力をつける。」も,容易である。

 例えば,小数のわり算と,分数のわり算が,同じ仕組みであることに気づくことも可能になるというものである。   

   B,既習事項との違いから課題を決める。

 既習事項の中で使えることと,乗り越えなければならないことが分かったならば,探究心や直観力などの創造性の基礎は育てやすい。
 ここで,課題は,一般化しておく必要がある。
 何故なら,算数・数学では,数問の解決を通して解決方法の一般化を図ることがその精神であり,無限にある問題を全て解くことはできないからである。

   C,課題に沿って,解決方法を検討する。

 課題のねらいによって,帰納して統合するのか,一般化するのか決まってくる。
 本時は,どのような考え方をすればよいのか,思いを巡らせることで,鍛えられ,創造性の基礎が定着してくるのだと思う。

 

5 おわりに

 本稿では,算数科の基礎・基本についてお話しした。
 その中で,新指導要領が日本の国際社会における現状を踏まえて,並々ならぬ決意をもって作成された指導要領であるということにもふれた。
 成功するか失敗するか,それは全て我々教師の双肩にかかっている。
 意のある所を汲んでいただければ,望外の喜びである。


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